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広島高等裁判所岡山支部 昭和55年(く)1号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は、弁護人中村三次作成の即時抗告の申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨第一、事実誤認の主張は要するに、原決定は、「請求人が、信号待ちしていた〓郷哲雄運転の車に故意に追突させ、同人に傷害を負わせた」旨、故意犯たる傷害を認定したが、請求人には、右〓郷に対し傷害を負わせる意思がなかつたのであるから、同人に対する傷害は単なる過失傷害であり、仮にそうでないとしても、重過失または業務上過失傷害にすぎないのであつて、原決定の右認定には事実誤認があり、原決定に影響を及ぼすことは明らかであるから、原決定は取消を免れない、というのである。

よつて、本件記録および当審の取寄せにかかる最高裁判所昭和五四年(あ)第一九三四号被告人北川一義(本件請求人)に対する詐欺被告事件第一審記録(全)を調査し検討するに、請求人は、昭和四七年一月一七日岡山県真庭郡湯原温泉「ママの別荘」において、秦仲三、河本有二、関敬次郎と共謀して、請求人が運転する軽乗用自動車を、河本が運転し、秦、関が同乗する普通貨物自動車(ライトバン)に故意に追突させ(出来得れば、一層本物の事故に見せかけるため、両車間に他人の車を入れた玉突き事故にして)、これを請求人の過失により生じた交通事故であるかの如く装つて、保険金名下に金員を騙取し、同時に、身体障害者であつた秦に入院治療の機会を得させようと企て、同日午後六時半過頃、同別荘を請求人の自動車、十分位遅れて、秦、関が同乗し、河本運転の自動車が、それぞれ津山市に向けて出発し、途中、河本運転の自動車が先行し、請求人が河本の車を見失わない様に追尾しながら、同県津山市津山口五一番地先境橋南交差点にさしかかつた際、赤信号で河本運転の自動車が停止し、続いて〓郷哲雄運転の軽自動車、その後に請求人の自動車が相次いで停止したが、請求人は、突嗟に、同所において前記共謀にかかる交通事故を惹起させようと考え、直ちに自車を発進させて〓郷の自動車後部に追突させ、その勢いで同車を前方に押出して、河本運転の自動車後部に追突させ、よつて、〓郷に対して、頸椎捻挫のため、右事故の約一週間後から、同年三月末日まで入院加療を要する傷害を負わせたことが認定できるのであつて、右〓郷の傷害は、請求人の〓郷に対する、傷害の未必的故意、少なくとも故意による暴行に基づいて生じたものであるから、請求人について、何れにしても傷害罪が成立するのはいうまでもないのであり、原決定には、所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

論旨第二、「刑事訴訟法四三五条六号の解釈適用の誤り」の主張は要するに、原決定は、「〓郷に対して傷害罪が成立するから、請求人挙示の各証拠をもつて、請求人につき、無罪または原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠があるとはいえない」旨、説示するが、仮に、請求人について、〓郷に対する傷害罪が成立するとしても、再審においては、不利益変更が禁止されているので、右傷害罪をもつて、原判決より請求人の罪責を増大させるごとき訴因の追加、変更は許されず、また、その余の被害者に対する業務上過失傷害罪が無罪であつて、特に、科刑上一罪として、最も重い罪として処断された行為について、無罪を認定すべき事由が認められる場合には、請求人について、無罪または原判決において認めた罪より軽い罪につき明らかな証拠があるというべきであるから、本件再審請求は理由ありと解すべきにかかわらず、原決定は、この点において、刑事訴訟法四三五条六号の解釈適用を誤つた違法があり、この誤りは原決定に影響を及ぼすこと明らかであるから、原決定は取消しを免れない、というのである。

よつて検討するに、本件で請求人が再審請求を求める昭和四七年五月三一日岡山地方裁判所津山支部宣告の請求人に対する業務上過失傷害被告事件の確定判決によると、同裁判所は、請求人の前記交通事故を業務上の過失行為によるものと認定し、同行為に基づく〓郷、秦、河本、関らに対する各傷害を科刑上一罪の関係に当るとして、最も重い秦に対する業務上過失傷害罪で請求人を処断したことが認められる。そこで、仮に、右事故の共犯者たる秦、河本および関に対する関係の業務上過失傷害罪が無罪となり、かつ、秦らの傷害が仮装のものであつて、これらの者に対する関係では、業務上過失傷害罪より法定刑の軽い暴行罪が成立するに過ぎなく、尚又、暴行については、秦ら被害者の承諾に基づく行為として、違法性が阻却されると解する余地があるとしても、前記認定のごとく、請求人には、〓郷に対する傷害で、業務上過失傷害罪より法定刑の重い傷害罪が成立するのであるから、もとより刑事訴訟法四三五条六号所定の「有罪の言渡しを受けた者に対して無罪……を言渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき……」場合に該当しないことは、いうまでもない。

なお、弁護人は、請求人に〓郷に対する傷害罪が成立するとしても、再審においては、不利益変更が禁止されているので、同罪の訴因への追加、変更は許されず、結局、請求人には、前同条六号の事由がある、と主張するが、再審の審判手続において、従前の訴因および罰条を、法定刑の重い訴因および罰条に追加、変更できることは、通常の公判手続における場合と変りはないのであり、刑事訴訟法四五二条(不利益変更禁止)の規定は、判決主文において、原判決主文の刑より実質的に重い刑を言渡すことを禁止したに止まり、右のごとき訴因および罰条の追加、変更までも禁止したものでない。

従つて、所論の「証拠の新規性」の当否について判断するまでもなく、原決定には所論の違法はなく、論旨は理由がない。以上のとおり、本件即時抗告は理由がないので、刑事訴訟法四二六条一項後段に則り、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。

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